[review]開成学園
男の子を伸ばす教育

keyword: 開成,芳野俊彦,リアリティ,
リベラルアーツ,運動会,リーダーシップ,エリート
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開成にまつわる本は手にしたことがなかったので改めて読んで見ました。なお著者は1期前の校長です。 工学部の教授から校長に赴任されたようで、基本的に全編通じて発想なりアナロジーに工学的アプローチが取られています。

またこの本は開成を手放しに賞賛するようなものでは決して無く、むしろ著者が現役生に対して多くの問題を投げかけているのがわかります。 そしてその多くはclassoncloud(coc)の問題意識と重なります。

他方で後述しますが、将来にわたる洞察についてはやや不安が残ります。これについても言及します。 現在の校長とは方針が違うとは思いますし、校長が変わったところで開成の歴史が大きく転換されるわけでもないとは思いますが、 数年前までの校長と現役生との関係なり、中学受験を控える父兄に与えた影響について推測する手立てになります。



リーダーの定義


3タイプにリーダーのスタイルを分類しわかりやすく説明しています。一つはcharisma型リーダーシップ、 一つはservant型リーダーシップで、今ひとつはハイフェッツで言うところの所謂相談役で、リーダーではありません。 ただ、この類型化以前にリーダー全般が担うべきミッションを伝えるべきだとは思います。

定義の議論を厳密にしても不毛ですが、どういう人間が社会で求められているかを伝えるかは重要です。 相談役が向いている人間もいれば、状況によってそうなる場合もありますが、 価値を生み出す責務を直接的に負っているのはリーダーであり、リスクテイキングな行動をとるのはリーダーです。

ハイフェッツによるリーダーの定義は、大雑把に言えば、相談役・協力者との信頼関係を構築し、 能動的に働きかけることで問題解決に向けて実践する者ですが、これは性格や能力の高低によって分類された定義ではありません。
なおハイフェッツの授業は以前NHKで放映されました


リアリティを伴う経験の欠如


リアリティを伴う経験の欠如が現役生に見られる危険についても指摘されています。経験主義的な学びが欠如すると、 将来にわたるリアリティのある職業観と手元の学びが断絶し、 職業と人格を一致させることが出来ない社会不適合や重度のオタクに落ち込む危険を抱えることになります。

本書のこの後の項目で、なりたい職業に関する話題が展開されていますが、属性で切り分けられており、 なぜの部分が希薄になっています。職業観が豊かでないのは年齢から仕方が無い面もありますが、 これもまた経験知が不十分であることが原因になっています。 労働から何を学べるかは個人差も職種にもよりますが、 例えばアルバイトを行う機会が実質無いのもこれに拍車をかけています。



周辺に能動的に働きかけない関係


また時間や期限を守らない学生が周辺にいたとしても、指摘することも少なければ、そもそも互いに干渉しないことに対する 危惧も吐露しています。これについては以下の記事も参照していただけるとなぜ危険の一端を把握することが出来ます。

また他校でも見られる多様性(diversity)の欠如についても危惧を示しています。仲間内で固まることが慢性化すると、 大きな価値を生み出す力が失われます。これは全ての一貫校が抱える構造的で最も大きな問題です。



リベラルアーツ志向の学び


文理の隔たりを意識下に持たない学びの重要性について言及されています。 卑近な例としてあるのは、受験に必要がないという理由で特定の科目を切り捨てることに対する戒めです。 ただし各科目の何がどう重要なのかという議論ははありません。リアリティを伴う経験の欠如の項目でも指摘しましたが、 これはリアリティのある職業観に繋がるので、具体的な職業観に多少触れてもよいようには思います。

科目学習は既にわかっていることを整理して頭の仲に格納し運用する力であり、可視化・言語化されていない問題そのものを 捉える力は養われません。むしろ大きな問題というのは学際的な分野や、陽の目が当たっていない分野であったりするのが通常なので、 過度な効率性を求めてはならないという戒めでもあります。

また他の項目で言及されてますが、効率的な学びを受験塾に早い段階から求めるなという指摘もあります。



学園祭及び旅行での文集


以前現役生に運動会の文集を見せてもらったことがありますが、かなりの分量とコンテンツで完成度もかなりのものです。 段取りや調整する力はこうしたものでも養われているのだろうと感じます。ただ文集は通常外部に公開されるものではないので、 一部でも公開されれば、どの水準まで力がつくのか、具体的にイメージしやすいのかなとは思います。



エリートの定義


ここでもリーダーの定義同様3つに類型化されています。①マネジメント②グローバル人材③創造性(生産性)の高い人材―の3つです。

①のマネジメントについては、ドラッカーも言及している通り、これは起業家精神と同義であるため、 大企業志向が強いだけではただの雇われサラリーマンに成り下がりますが、 起業家精神や破壊的イノベーションについては触れられていません。

②のグローバル人材について、所謂英語バカでは通用しない旨が記されています。但しこれについても文化障壁を超える力なり、 文化障壁を立てつつ技術を織り込みイノベーションを生み出すといった議論にまでは踏み込まれていません。

③については自学自習を行うことがそのまま創造性に繋がるとあります。突き詰めて学ぶ力が源泉になることは間違いありません。 ただそのプロセスに周辺との協働性が無いとまずいわけですが、開成の場合あえて言及せずとも運動会その他で 最低限は身につくような気はします(がわかりません)。自学自習=自閉になってしまうと危険な状況に陥ります。

classoncloud(coc)ではよく、「受験エリートはエリートではない」ということを話題にします。 ペーパーが強い人間はhigh achieverと呼び区別します。 エリートの定義は「自身の命よりミッションが重い者」がその定義です。ノブレスオブリージュもその一側面かと思われますが、 日本でエリートを育てるのは、民俗からして難しいのではないかと捉えています。そこでやはり重要になるのは リーダーシップではないかとも考えています。



「本質からブレない」とは具体的にどういうことか


ブレない、という言葉が本書を通じて繰り返されています。しかしその定義が明示されていません。おそらく言語化されていない 漠たるイメージが著者の念頭にあると思われます。ですがここは言語化しないことは説明責任能力の放棄に繋がるため、やるべきでした。



グローバリズムの肯定


グローバリズムについても言及しています。市場が世界規模で統一され、人材やサービスの流動化が激しくなり起こる格差は よいことだ、と断言していますが、これはまずい見解だなと考えます。実際起きたことは世代間経済格差であり、 そこから火がついたアラブの春やteaparty、その後の社会の不安定化です。

著者は技術者であるためやや疎い面もあるかとは思われますが、世界の不安定化を洞察できなかったことは、 少なからず当時の、文脈を捉えようとした現役生にネガティブな影響を与えたはずです。

前項にあった「本質」という言葉は多用すると危険な言葉です。言葉の定義に終始して中身の無い議論になりがちであるためです。 開成の「本質」が、このグローバリズムを肯定する方針をこれまでの歴史や校風に上乗せして運営していたのであれば、 戸惑う学生は少なからずいたことでしょう。

なお開成の初代校長の高橋是清はグローバリズムに対抗する政策パッケージを遂行して日本を救いました。そして リーマンショック直後の世界観は高橋是清の時代と極めて似ていると当時認識していた学者は多くいます。


現在の柳沢校長に変わってから、学内に海外進学のコミュニティが育ち始めたとobからは伺っています。著者のスタンスを 引継ぎ拡大した結果かもしれません。多様性を確保する上ではポジティブな効果を与えたといえるかもしれません。 他方でトランプが保護主義に舵を切り始めたため、アメリカについてはどの程度整合性を保てるかは不明です。



開成は生活が運動会中心で回っている子が多く、また学校のサイズが大きく人間関係が見えづらく、学内で生活が閉じていて、 そこで満足している子が多いため、学園祭は別としても、 第三者からは成長のプロセスが意外と見えにくい学校の一つではないかと思われます。

ここでやはり問題となるのは、多様性の確保とリアリティを帯びた経験知を如何にして身に着けるか、 という2点に集約されるかと思います。この価値を十分に認識できれば、科目学習の質も変容していくと思われますが、 父兄が「安全策」を取るべくあれこれ細かく学生に確認を入れたり、受験塾に通うよう仕向けてしまうと、 前述のとおり学校の中を向いている学生が多いことに加え、 開成は元々官僚志向の強めの学校であるため他校と比しても靡き易く、 よって長期的には失敗となってしまう場合も多くなりそうです。










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