神女正門


[review]「才色兼備」が育つ
神戸女学院の教え

keyword: 神戸女学院,リベラルアーツ,英語教育,リーダーシップ, プロテスタント
(>>>アメブロ版)



数ヶ月前ですが、神女の林真理子高等学部長が学校を紹介する新書を出し、特に現役生の間で話題になりました。 一通り読み終えたところでレビューを記したいと思います。

ちなみに、ここ数年神女は倍率と偏差ランクが落ちてきました。おそらく直接の原因は洛南・四天王寺のルートと別となり、 併願が出来ないためですが、偶然か意図的なものか、そうしたトレンドがある中でのこの新書の出版です。





「関西のJG」


やや語弊がありますが、首都圏にお住まいの方々にざっくりと説明すると、 神戸女学院(神女)は言わば関西のJGです。 プロテスタント・激ゆる・制服なし・完全一貫・女子校・進学実績にこだわりなしと、あらゆる要素が類似しています。

他方で関西にはoinのポジションに相当する学校はありません。そのためJGよりも理系志向、というか、 医学科志向がかなり強い学校でもあります。ただしそれは生徒・家庭側の思惑であって、 学校側がそのような方針を採っているわけではありません。



神女が定義する「自由」


どこの上のほうの学校も「自由」を標榜します。そしてその「自由」を学生と保護者は支持し、 入学します。

しかし「自由」とは、かつて組織や共同体に属した先人が勝ち取ってきた歴史そのものであり、漸進的に拡張するものでもあれば、 各校その定義は全く異なります。

神女が定義する「自由」は、やはりプロテスタントの土壌、つまり人権は皆等しく平等であるべき、 そしてそれは自ら勝ち取るべきものである、という大前提の上に成り立つものです。 これはプロテスタント系の最大の競争力で、 カトリック系の学校は軒並み学生に規律を重んじさせ、外への露出も許さない傾向があるのに対し、 プロテスタントは基本的に学生を自由放任の状況に置くため、学生にとっては裁量が与えられる形になり、 才能が集まりやすい傾向があります。他方でカトリックはどこも中堅気味の学校が多く、突き抜けた才能は 揃いづらい傾向があります。

最もこれは鶏と卵の関係で、才能が集まるからこそ学生を信頼し、拘束せずとも学校をまわすことが出来るようになるわけですが、 そうはいえそれもプロテスタントの土壌が無ければかないません。その意味で関西では神女は唯一無二の学校です。 今後もその意味でのプレゼンスを落とすことは無いでしょうし、 この土壌は京阪神唯一の存在として死守しなければならないだろうとは思います。

他方で神女に限らず女子校全般がそうですが、 女子校は自治機能、つまり生徒会がどこも弱い傾向があります。 特にJGと神女に関しては学校側が抑え付けているとは考えられませんが、そもそも女子が組織を統括したり、 編成して規律に即して動き、結果を出す、ということを苦手としている傾向はあるかとは思います。この辺りも含めての「自由」です。



ノブレス・オブリージュ

ノブレス・オブリージュについて言及しています。そもそもノブレスオブリージュとは何でしょうか。

「高貴さは(義務を)強制する」を意味し、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指す。

まんまwikipediaコピペですが、問題ない定義でしょう。神女の品のよさは関西の学校の中でも 頭一つ抜けているのは良く知られているところであり、この理念を実践する「資格」のある学校だとは思います。

他方で神女といえども、入学時点では受験エリートを集めているのが事実であり、 必ずしもその適格者であるとも言い切れない学生もまた集まりがちかもしれません。この辺りOGや現役生に伺っても 思うところはあるようです。

ノブレスオブリージュを実践する前提として、当然ながらプロテスタントの精神に依拠するのは容易に想像されますが、 勿論こうした理念は大事であるものの、 実際に責務を果たすには適切なリアリティの形成が必要になります。 そしてそれに辺り最も重要になるとも言えるのが経世済民なり国民経済の実態です。 拝読する限り、人権意識は理念だけではダメで、見知らぬ他者の実状も良く汲み取り、専門に学んだ上で行動する、 という意味でやや物足りなさを感じます。

>>>財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴う

社会経験の無い中高生全員に政治や経済を語れというのは難しさはあるものの、これを知るには理論に対する理解 と時事に対する精通の双方が必要です。ですが実状は、これは神女に限らずですが、ディベートをやっている子達で無いと まず能動的に知る機会はありません。

特に経済は数学を多用するので女子学生には敷居が高い分野です。 特に合成の誤謬や財政出動をしようとしない役所の論理、医療費が膨らみ将来世代の資産を食い始めている事実は、 子供達には中々わかりづらいことでもあるので、はっきり正確に伝え、 理解させる必要はあるかと思います。



茶髪


必ずしもJGと比較することは適切ではありませんが、JGでは茶髪どころか金髪もokです。それに対して神女は禁止なわけですが、 これは学校側が押し付けたわけではなく、かつて学生が当事者の間で決めたことだと伺っています。事実このclassoncloud(coc)の 生徒の意見を聞いてみても、

「okになったとして染めたいと思う?」
「うーん」

というわけで、首都圏と京阪神では外貌に顕れる自分らしさ(identity)に対する認識に違いが見られます。 別にやりたきゃやれ、 くらいの意識ではあると思われ、希望があれば自治側もgoサインを出すとも推測される緩さです。他方で、ではなぜこうした違いが 生まれるのかを考えることは意味がありそうです。

一つには前述した通り、神女は京阪神の学校の中でも頭一つ抜けた品のよさがある学校だから、というのはありそうです。 これが大阪となると(人口規模や産業集積の違いから)やや事情が変わってくる気がします。とはいえ、関西の10代の女子に根強い人気が あるものの一つに宝塚がありますが、宝塚のスターにあこがれて、という子は出てこないとは言い切れないのかもしれません。

また首都圏と比べても産業集積がなされていなければ、職業観や外貌に対する意識もさほど多様ではないということもありそうです。



体育祭


現役生・ogからヒアリングをする限り、文化祭と比べても本気度は高いようです。

開成と似ている、という旨の記述が見られますが、流石に本番前に模擬戦を5回程度やり、そこで負けたら本気で泣くという レベルの開成には劣ると思いますが、縦割りで学年をまたいだ組を編成し、怪我人が出ることもある程度の激しさでぶつかり合う 体育祭は女子校では珍しいとは思います。

女子校の場合自治機能が弱い一方で、文化祭と、JGや神女のように体育祭もかなりの力を入れて備えていることが通常です。 段取りや組織で物を動かす力はここで主に養われます。 ただそこには地道な政治的な学校側と学生側の間での交渉や議論は殆ど見られないため、 やはり男子校・共学とは大分異なる様相を呈しています。



上下関係

神女は生徒数が少ないため、学年をまたいだ縦とも繋がりやすく、よって一体感は相応にあるのですが、 JGと較べると自由放任の色が強いと感じます。 JGの場合少し先輩の前で不適切な崩れた態度を示すと速攻で槍が飛んでくるのに対し、 神女は基本的に先輩が手間隙をかけて後輩の指導に当たるという構図は、学校全体としては見られません。

そのため卒後の縦の関係も弱ければ、現役生の話ではogと現役生が集うコミュニティがあるわけでもなく、 個別にコンタクトを取ってそれを辿る、位の関係であるようです。憧れの先輩に倣い自力で何とかそれを超えていく、 というのが基本的な構図であるようです。



「理系に強い」主な要因は個の資質の高さ


著書の中で理系に強いことを謳っており、実際ヒアリングをする限りでの進学実績も良ければ、 ピンポイントで現役生の学外での個人実績を見ればすばらしい子も多いのですが、 学校のカリキュラムが強いから、ということでは必ずしもなさそうです。勿論どんな学校でも生徒からの評価が高い指導者と、 そうでない指導者、様々にいるわけですが、たとえば同じ京阪神トップの男子校である灘のような指導陣の揃い方は していない手ごたえがあります。実際毎年理Ⅲや京医を10人以上出すような状況ではありません (勿論個の二つの数字だけで測られるわけではありません。一つの指標です)。

ただあれこれ管理するわけでもなければ、生徒が望めば与える程度の懐の深さは感じます。 今年の文化祭では、サイエンス部は始めて部誌を発行していましたし、前に進む意欲は感じます。 とはいえ、パソコン部が人気の部活動ということでもなければ、数研・物研があるわけでもないので、 また縦割りだけではなく横断的な理解の素地を作ることが今の時代は求められているため、 その辺りは指導要領内外問わず、強化の余地はあるかとも考えられます。 勿論これは家庭・学生側の意識と表裏一体ですが、時勢の変化を鋭く洞察し、半歩先を主導するのは学校の役割でもあれば、 指導者の器が問われる局面です。



英語教育とキャリアデザイン


全編を通じて英語教育の競争力が強調されています。発音から英語学習を始めるなど、独特のものは見られ、 またその効果も一定の高さがあることを見受けられます。

この文脈に続く形で開発支援やグローバル企業に勤める人材を輩出していることもまた語られています。他方で こうした業種は一昔前のステレオタイプでもあれば、時代の流れからして保護主義へのシフトもあれば、 ベンチャーに才能が流れている事実があります。この辺りは職業観のリアリティの形成と直結し、ベンチャー村や アートがあふれる街、反グローバリズムを掲げる議論が盛んな学者も集積する首都圏と較べるとやや弱めで、 このタイムラグの溝を埋めることもまた、神女に限らず京阪神の学校の課題といえそうです。



他にも論点はいくつもありますが、とりあえず個人的に気になった点はこの辺りです。神女は定員が少なくこじんまりとしていて、 その意味でも顔が見える形で組織を動かすには最適な環境です(逆に四天王寺や開成、豊島岡あたりだと大きすぎて、 同じ学年にも名前と顔が一致しない人間が山ほどいるという事態に陥ります). 現状やや洛南に才能が流れている トレンドがありますが、唯一無二の土壌を武器に引き戻してほしいと願うばかりです。










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