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[勝手がわからない父兄向]
なぜ(子供達が心底嫌がる)詰め込み塾は父兄に受けがよいのか

keyword: 東大受験塾,中学受験,父兄
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幅を利かせる詰め込み塾(cram school)

大学受験にしろ中学受験にしろ、相変わらず詰め込み塾(cram school)が幅を利かせている状況です。 大学受験の場合は某東大受験塾が、中学受験塾の場合はよく使われている市販教材を軸にしている塾が首都圏ではその最たる例です。 しかし僕らはそれは絶対やりたくないと日頃から口にしています。それはなぜでしょうか?



外形的に、詰め込みの方が、わかりやすい印象を与える

①分厚い教材を渡されて、ウンザリするほどのたくさんの課題をこなさせる>
②たくさんの情報量があればあるほど「賢く」なるはずだ
③機械的にやった分だけ返ってくるはずだ

こうしたわかりやすい外見で格好をつけ、思い込みを深めるドライブをかけてくるのが、詰め込み塾の特徴です。 殆どの父兄は学習内容の細部までは眼が行き届きませんから(特に大学受験の中の理系科目)、 教材が分厚かったり、課題の量が多かったり、単純に生徒数が多かったり、果ては

④ターミナル駅に教室を構えているから
⑤ママ友達のお子さんがそこに通わせているから

と言うただそれだけの理由で―詰め込みだろうがなんだろうが、「よくわからない」 と言う理由から押し込んでしまうことが多いのが実状です。これでは中身の善し悪しも無く、 単なる全体主義に陥ってしまいます。もはや教育でもなんでもありません。



自律的な判断とはなんだろうか

上記の流れを見てわかりますが、そこにまず、ご父兄の自律的な判断は含まれているのでしょうか?

\[\displaystyle e^x = 1 + \frac{x}{1!} + \frac{x^2}{2!} +\frac{x^3}{3!} \cdots + \frac{x^n}{n!} + \cdots \]

例えばテイラー展開があります。これに対する理解の段階は以下のようなものがあるかと思います。

①名前は何となく聞いたことがある(この時点で聞いたことが無い方が、特に母親の場合御三家と言えど9割方を占めるでしょう)
②式の形を覚えている(機械的に覚えているけれども何の役に立つのか全く実感がないレベルです。 ①を越えた中でも半数以上がこれに類するでしょう)
③指数関数を整次式で近似できる極めて実用的な手法であると認識できている(ほぼ皆無)

こんな感じです。「それは塾がやることだから」「私たちには関係がない」そう思われるかもしれません。 果たして本当にそうなのでしょうか?



sense(感覚・分別)と言う言葉の意味

わたしたちは、まずは実践的なsenseを磨くことが何よりも重要だと考えています。 それは数学や物理であれば数字や論理構造の捉え方そのもの、言語であれば言葉が持つ、 コアイメージを起点とする意味の広がりそのものや統語法といったものを指します。

「いやそんな高度なこと教えてくれなくていい、受かれば良いんだ。それだけでも大変なのだから。 センスなんか生まれつきのものでどうしようもないでしょ」そうおっしゃるかもしれません。 しかしちょっと待ってください。それでは話があべこべです。性急に過ぎます。

まずsenseという言葉には、感覚という意味の他に分別という意味があります。この2つは車の両輪で、 感覚を鋭くする為には―多くの場合これは予測力を意味する訳ですが―十分な経験の蓄積が無いと研磨することは出来ません。 まずここに対する認識が大幅に欠けているのです。

例えばなぜ数学が出来ないのか、よく考えてみましょう。単なる記号の羅列や、 複雑なアルゴリズムを字面で追うのみに終わっていなかったでしょうか?公式や解法の暗記に眼を奪われて、 そもそもなぜそうしたものが大事なのか、そもそも自力で証明したり、一般化したりといったことが出来た、 あるいはその価値が認識できていた方はどれくらいいたでしょうか?

そうしたものの意味をひとつひとつ読み解きながら経験として蓄積し、 経験が知識となって洗練された時に初めて具現化するのがsenseというものなのです。



senseを無視した方が「効率的」と謳う詰め込み塾

しかし多くの父兄はそうした、(時間がないということもわかるのですが、) 自分自身を深く問われるプロセスに恐怖する為、 丸投げしたいと思うようになります。そこに乗っかってくるのが、「受験に"センス"など必要ない」といううたい文句です。 これは多くの父兄の心の隙間を埋めるにはあまりに甘くささやく言葉です。

皆がそうしてるから問題ない、合格実績も出てる、じゃあうちもそうしよう、それで問題ないじゃないか、 皆でそうしようーこういう願望が集積して正当化されたものが所謂”口コミ”です。

教育の本義を考えれば、詰め込みというのは最悪の部類のもので、数理科学であれば一通りの理解が及べば 次は更なる理解の対象の拡張と一般化が、言語系の科目であれば論じるテーマを拡張することが(つまり理解の抽象化です)、 とても重要になってくる訳ですが、 その価値を見いだせない為にsense無視の正当化が始まってしまうわけです。 絶対にやってはいけません。



senseを磨くには分野・認識の仕方によってもちろん向き不向きがあるものの

もちろん各自の得手不得手とするところは全く違います。言語と計数が主に受験では問われますが、 女子学生は一般的に空間把握能力が、男子学生はストーリーの展開能力(想像力)や言語能力が、 極端にかけていることも珍しくありません。

それでも僕らはやりなさいと言います。 得意なことだけやっていると、ますます自分が認識できる世界観が極端に偏り、 物事を柔軟に捉えられなくなり、狭い世界に安住し、成長を阻害してしまうからです。父兄の短期的な労働“効率”を優先するのか、 子供の成長を優先するのか、そうした冷徹な二択を迫られているのです。

苦手な科目・ものの見方にこそ多くの時間をさき、自分の成長の阻害要因を排除する。 入試では全科目の総合評価になる訳ですから、その点でも合理的です。もちろん得手とする分野・ものの見方を 磨くこともまた重要ですが、得意なら得意で自身の学年よりも上の内容にどんどん踏み込んで行くことこそが正統な学び方です。



本来の学びを取り戻す

過剰な訳のわからない知識や情報にどっぷり浸かる学び方はやめましょう。そしてそれには相応の勇気がいることです。 またこれを続けていると頭の中がそれでいっぱいになり、周囲に気が回らなくなり子供の「精神年齢」の低下が始まります。 当然自立に向けての大きく後退します。 周りの何となくの流れに逆らうことになるからです。そして上記のような学び方を指導できる人間は、 そう多くいるものではありません。

このClassOnCloudには科学オリンピック受賞者をはじめとして、大学生でありながらも、 恐れながら指導歴は10年以上ある事業責任者からみて、明らかに鋭いものを持った子達ばかりです。 単に進学校出身者だから彼等を使う、という、次元の低い話ではありません。

多くの父兄の皆様に頼みたいことは、まずはそのsenseを磨くということはどういうことなのか、 改めて深く問い直し、その決断を勇気を伴ってして頂きたいということにあります。後はお任せください。 自信を持って指導に当たらせて頂きます。










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